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繊維産業が特定技能追加と育成就労への対応で注意すること

2024年3月29日、新たな業種・業務区分を特定技能の対象分野とすることが閣議決定され、繊維産業でも特定技能での外国人材の受入れが認められることになりました。これに期待する繊維産業関連の業界団体様から依頼を受け、6月7日にセミナーを行いましたので、今回はその際のポイントをご紹介したいと思います。テーマは「外国人材に係るコンプライアンス遵守~労働関係法令のポイント」とし、繊維作業がこれまで特定技能での受入れが認められていない原因となっていた労務管理上の不備(賃金計算の不備と賃金不払い、労働時間管理の不十分さ等)についても触れる内容としました。

以下、当日のセミナーから・・・(一部抜粋)

繊維産業における技能実習実施者に対する労基署の指摘事項

*技能実習実施者とは、技能実習生を受け入れている企業、個人事業主のことです。

下表は厚生労働省が毎年8月頃に公表する「技能実習生の実習実施者に対する監督指導、送検等の状況」から繊維産業を抜粋したものです(2022年度のみ比較のため全産業も表示)。
これをみると「割増賃金の支払」という項目が毎年度法令違反の項目として挙がっており、「賃金の支払」が法令違反として挙がっている年があることも踏まえると、繊維産業において、適正な賃金計算ができていない企業が一定程度存在している可能性があることが見て取れます。
適正な賃金計算の前提となる「労働時間」についても違反項目となっている年が多く、始業時刻、終業時刻の把握、特に定時前、定時後の打刻があった場合の端数時間の扱いだけでなく、休日や休憩時間を含めた労働時間管理に注意する点が多いことが想定されます。
この点、繊維産業に該当する企業が特定技能での外国人材の受け入れを行う際には、勤怠管理システムの導入が必須要件とされており、客観的な労働時間管理が強く求められる方向となっています。

監督指導
実施
事業場数
違反
事業場数
(違反率)
主な違反事項
2022年
(令和4年)
466318
68.2%
年次有給休暇
97(20.8%)
割増賃金の支払
82(17.6%)
医師からの意見聴取
77(16.5%)
2021年
(令和3年)
491350
71.3%
割増賃金の支払
96(19.6%)
労働時間
87(17.7%)
賃金の支払
77(15.7%)
2020年
(令和2年)
577389
67.4%
割増賃金の支払
110(19.1%)
労働時間
90(15.6%)
賃金の支払
76(13.2%)
2019年
(令和1年)
802550
68.6%
割増賃金の支払
165(20.6%)
労働時間
132(16.5%)
賃金台帳
115(14.3%)
2018年
(平成30年)
782502
64.2%
割増賃金の支払
155(19.8%)
労働時間
111(14.2%)
賃金台帳
84(10.7%)
(全業種)
2022年
(令和4年)
98297247
73.7%
安全基準
2,326(23.7%)
割増賃金の支払
1,666(16.9%)
医師からの意見聴取
1,583(16.1%)

繊維産業の特定技能対象分野追加に際して求められた追加要件

特定技能で外国人材を受け入れる際に、繊維産業にのみ次の4つの追加要件が課されました。他の産業では求められない要件であるにもかかわらず、繊維産業にのみ求められる、ということはそれだけ繊維産業において外国人材の労務管理が適正に行われるかを国が危惧している、ということでもあるでしょう。深刻な人手不足を背景に特定技能での外国人材の受入れを検討する場合は、今以上にしっかりした労務管理が求められます。勤怠管理の電子化等、先の労基署による指摘事項への対応につながる項目であり、今一度正しい労働時間管理、給与計算方法を再確認すべきでしょう。
また、パートナーシップ構築宣言とは、サプライチェーン全体の付加価値増大と新たな連携をめざすものであり、下請企業との望ましい取引慣行を遵守することを宣言するものです。繊維産業で特定技能での外国人材を受け入れようとする場合、この宣言を行うことが必須であり、今以上に発注元、発注先との話し合いが求められるようになっていくということでしょう。
ただ、この4つの中で最も重要なのは国際的な人権基準に適合していること、という要件です。現在、経済産業省がこの基準を策定中とのことです。~Japanese Audit Standard for Textile(JASTI
こちらについては、後述します。

・国際的な人権基準に適合していること
・勤怠管理を電子化していること
・パートナーシップ構築宣言の実施
・特定技能外国人の給与を月給制とする


(参考)既存製造業の要件 ~ 繊維産業にもこれらの要件は当然に求められる
・派遣契約でないこと
・受入企業の産業分野(日本標準産業分類で限定)
・特定技能の「受入れ協議会・連絡会」の構成員であること
・経産省、協議会・連絡会の指導、報告徴収等に協力すること

◆国際的な人権基準に適合し事業を行っているとは?

経済産業省の資料によると、「国際的な人権基準に適合し事業を行っていること」とは、公開された監査要求事項に基づき、第三者による認証・監査機関の審査を受け適合していることとする、とされており、前述のJASTIの活用が基本となってくる見込みです。
現在、JASTIは9つの大項目、全部で84の項目からなる監査要求事項・評価基準となっており、大項目は次の項目となっています。
・強制労働
・児童労働
・差別・ハラスメント
・結社の自由・団体交渉権
・労働安全衛生
・福利厚生
・賃金
・デューディリジェンス
・外国人労働者(技能実習生を含む)関連
そしてJASTIに基づく第三者監査を実施することとしており、この監査結果がどの程度なら特定技能での外国人材の方の受入れが認められるのかは定かではありません。これについては今度の動向待ち!といったところでしょう。

◆育成就労との関係

外国人技能実習制度が育成就労制度に変わることになりました(2027年からの施行が有力視されている)。外国人技能実習制度と異なり、育成就労制度は当初より特定技能制度とリンクする制度として設計されていますから、おそらく特定技能での外国人材受け入れに際して求められる要件のほとんどは育成就労でも求められると思われます。
つまり、特定技能で求めらた追加の4要件も育成就労での受入れ時に求められる可能性がかなり高いのではないでしょうか?(私見です・・・)

労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(平成29年1月20日策定)

◆労働時間の考え方

・労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。
そのため、次のアからウのような時間は、労働時間として扱わなければならないこと。
ただし、これら以外の時間についても、使用者の指揮命令下に置かれていると評価される時間については労働時間として取り扱うこと。

ア  使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間

イ  使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)

ウ  参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間

・なお、労働時間に該当するか否かは、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんによらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであること。
また、客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかは、労働者の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等から、個別具体的に判断されるものであること。

労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置

1.始業・終業時刻の確認及び記録
   使用者は、労働時間を適正に把握するため、労働者の労働日ごとの始業・ 終業時刻を確認し、これを記録すること。

2.始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法
  使用者が始業・終業時刻を確認し、記録する方法としては、原則として次のいずれかの方法によること。 
   ア 使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること
   イ  タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること。

3.自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置(詳細省略)

4.賃金台帳の適正な調製
 使用者は、労働基準法第108条及び同法施行規則第54条により、労働者ごとに、労働日数、労働時間数、休日労働時間数、時間外労 働時間数、深夜労働時間数といった事項を適正に記入しなければならないこと。 また、賃金台帳にこれらの事項を記入していない場合や、故意に賃金台帳に虚偽の労働時間数を記入した場合は、同法第120条に基づき、30万円以下の罰金に処されること。

5. 労働時間の記録に関する書類の保存
 使用者は、労働者名簿、賃金台帳のみならず、出勤簿やタイムカード等の労働時間の記録に関する書類について、労働基準法第109条に基づき、3年間保存しなければならないこと。

6. 労働時間を管理する者の職務 (詳細省略)  労働時間等設定改善委員会等の活用(詳細省略)

7.労働時間等設定改善委員会等の活用(詳細省略)

労働時間の端数処理

労働時間の端数処理

1.1か月における時間外労働、休日労働及び深夜労働の各々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げること
 ~1か月の時間外労働時間が38h15mを38hとしてもよいが、38h35mは39hとしなければならない。

2.日ごとに端数処理することは認められていない。あくまでも1か月の合計時間での端数処理が認められるに過ぎない点に注意。
 ~勤怠システムを導入しても、始業前の時間を一律カットする設定は正しい設定とは言えない。

◆割増賃金の端数処理

1.1時間当たりの賃金額及び割増賃金額に円未満の端数が生じた場合、50銭未満の端数を切り捨て、50銭以上を1円に切り上げること
 ~月給を時給換算時注意。1円未満の端数の単純切捨ては不可(四捨五入した結果、切捨てとなるのはOK)

2.1か月における時間外労働、休日労働及び深夜労働の各々の割増賃金の総額に1円未満の端数が生じた場合、1.と同様に処理すること
 ~1.の時給換算額×1.25(1.50 or 1.35 or 0.25)×各時間 の金額に1円未満の端数が生じた場合のこと。単純切捨不可
 ~1時間単価の端数処理しないままの金額に1.25等を用いてもよい

賃金計算方法の確認  ★月給制の前提

◆遅刻、早退時の不就労時間に対する賃金の控除

1.遅刻、早退時の不就労時間分の賃金を控除できることが労働契約上明示されている必要がある。
 ①就業規則(この規則が対象となる労働者に適用されるものであることが大前提)
 ②労働契約書、労働条件通知書への明記(ただし、就業規則が控除しない定めとなっていないこと)

2.遅刻、早退時の不就労時間分の賃金控除の方法は、会社で定める必要あり(法令では定められていない)
 ①月給200,000円、欠勤月の所定労働日数が20日の場合に、所定労働日数をベースに控除
   → 10,000円控除
 ②月給200,000円、年平均の所定労働日数が20.5日の場合に、年平均の所定労働日数をベースに控除
   →  9,756円控除

◆割増賃金の計算(前述労働時間の端数処理参照)

1.月給÷年平均の1か月所定労働時間数=時給換算額(端数処理する・しない→する場合は前述内容の遵守要)

2.月給は、基本給だけではない。皆勤手当等も含まれる。特に住宅手当のもれが目立つので注意

3.1か月所定労働時間数は、❶起算日がいつか、❷起算日以降の労働日数が何日か、によって毎年変動する可能性がある。
 ①毎年4/1起算の場合、R5/4/1~R6/3/31の休日が110日なら、うるう年なので労働日数は256日。
  1日8時間なら年2048時間(月平均170.666)
 ②R6/4/1~R7/3/31は同じ110日の休日なら255日の労働日数となるため、月平均の所定労働時間数は 異なる。同2040時間(170ジャスト)。このため、割増賃金を計算する際の1時間当たり単価も異なるため、毎年、月平均所定労働時間数を確認する必要あり。

選ばれる企業となるために求められること

外国人材をなぜ受け入れるのか、というとインバウンドの増加のように外国人のお客様が増え、接客要員を確保するために受け入れるという理由もあれば、人手不足への対応という側面もあるでしょう。
後者の理由の場合、単に日本人の人材が入社してくれない、定着してくれないから外国人材を!という発想なら、外国人材も最初は入社してくれても、定着しない、そのうち入社さえしてくれないということになるでしょう。つまり、日本人の人材であれ、外国人の人材であれ、適正な労務管理を行うのは当然のことであって、働いた時間はキチンとカウントし、その時間に対しては約束したとおりの賃金を払い、国籍や性別等による差別は行わないという考えてみればごく当たり前のことを当たり前にしていくことが重要なのです。国際基準というと難しそうですが、「当たり前のことを言っているだけ」です。当たり前のことを当たり前にきちんとする、これが最低限必要でしょう。