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ビジネスと人権への対応は、なぜ中小企業にも必要なのか?

「ビジネスと人権に関する指導原則」への取組みが必要なのは大企業であって、中小企業である自社には無関係だと考えている方も多いことでしょう。しかし、ビジネスと人権への取組みは企業規模の大小を問わずに必要なものです。
ビジネスと人権への取組みを取引先から求められるケースが増えてきており、取組みが遅れることは企業経営にとってもリスクとなりつつあります。一方、逆に他社に先んじて取組むことでビジネスチャンスにつながる可能性もあるでしょう。
なぜ、中小企業にもビジネスと人権への取組みが必要なのか、なぜ、大企業は自社に対してビジネスと人権への取組みを要請してきたのか?
大企業の立場に立って考えてみるとその理由が見えてきます。

1.「うちは発注者に過ぎず、他社での出来事に責任はありません」は許されない時代

「ビジネスと人権に関する指導原則」が国連人権委員会で採択されたのは2011年。
しかし、指導原則採択後の2013年4月24日、バングラディシュのダッカ郊外において1,100人以上の労働者が死亡、2,500人以上が負傷するという史上最悪ともいえる産業災害であるラナプラザビル崩落事故が発生した。
犠牲者の多くがビル内に存在した世界的な大手アパレルメーカーの下請工場の従業員であり、これら下請工業の従業員が劣悪な環境の下で労働を強いられていた実態が明らかになった。
これが一つの契機となり、サプライチェーン全体での人権侵害行為を防止する取組みの必要性が、世界規模で強く認識されることとなった。

現代は、世界中の企業がボーダーレスにつながっており、自社単独でビジネスを完結させることはできない時代。
開発途上国を中心に法整備の遅れ等によって、児童労働等の人権侵害が生じている国・地域もある。
(注)もちろん、人権侵害は他国・地域だけで起きているのではない。わが国も例外ではないことを念頭に置いておく必要がある。

これら人権侵害が生じている国・地域で安価に生産された原材料を使用して利益を上げている企業も、強制労働、児童労働等の人権侵害に加担しているといえるのではないか?
自らが直接行ってないからといって、児童労働等の人権侵害を行っている企業が生産した原材料を使用して利益を上げている企業を許してもいいのか?
発注者は発注先の人権侵害行為がないことについても責任を負うべきではないか?
という考え方がベースにある・・・

2.サプライチェーン全体でビジネスと人権に取組むことが要求されている

サプライチェーンのイメージ図
発注者(発注元)となることの多い大企業の側からみると、自社の発注先(下請)で生じた人権侵害であっても自社にまったく責任がない、とは言えなくなっているのは前述のとおり。
すなわち、「うちは発注者に過ぎず、他社での出来事に責任はありません」は言えないということ。
この結果、発注先(下請)に対して、人権侵害防止への取組みを強く要求せざるを得なくなっているのであり、また、人権侵害防止に積極的に取り組んでいる企業との取引の方がリスクが少ない、場合によっては取引を拡大したいという発想にもつながる可能性が高いということ。
つまり、発注先(下請)である企業が自らビジネスと人権に積極的に取組み、さらにその取引先に対してもビジネスと人権に対する取組みを要請している企業であったなら、発注元である大企業にとって、この企業がいかに安心感を与え、この企業と取引することがいかに魅力的に映るか、は想像に難くないだろう。
中小企業が自らビジネスと人権に取組むことは、自社の経営にプラスに働く可能性がアップするだけでなく、サプライチェーン全体での人権尊重経営にも寄与することなのである。

大企業と直接取引をしている企業だけでサプライチェーンが構成されているわけではない

「うちは大企業との取引はないから、ビジネスと人権に取組む必要なない」「大企業からはもちろん、うちの発注元からもビジネスと人権への取組みを要請されたことはない」から、自社はビジネスと人権に取組む必要はない、と考える方がいるかもしれない。
しかし、これは大きな誤りといえる。
サプライチェーンとは、製品の原材料・部品の調達から販売に至るまでの一連の流れを指す用語であり、自社だけでなく、川上(製品の原材料・部品の製造会社や販売会社等)から川下(自社の製品を利用して他の製品を製造する企業等)までが含まれるのであり、自社が大企業と直接取引がなかったとしても、自社への発注者(発注元:仮にA社という。)が大企業と直接取引があった場合や、A社にも大企業と直接の取引がなくてもA社の取引先が大企業と取引があるのであれば、自社が意識していなくても大企業のサプライチェーンに組込まれていることになるからである。
中小企業にとって、発注者(発注元)からの要請に応えていくのは、企業経営上、当然のことであり、優先順位も上位のものとなるだろう。
経営者にとっては、自社にとってのリスク防止、低減、ビジネスチャンスの拡大といった視点が最優先事項となるのはある意味当然であり、発注者(発注元)からビジネスと人権への取組み要請がなければ、対応しないままというのはよく見る光景であるが、自社が大企業のサプライチェーンに組込まれているか否かを確認し、積極的に取り組んでいくことによって、リスクの防止、低減、ビジネスチャンス拡大につながる、という視点が重要である。

国連「ビジネスと人権に関する指導原則」では、中小企業にも人権尊重の責任が求められている

これまで、大企業の視点に立って、ビジネスと人権に積極的に取組んでいる企業がいかに魅力的に映るか、を考えてみた。
すなわち、ビジネスと人権への取組みは、中小企業にとって、自社の経営リスクの低減だけではなく、大企業とのビジネスを拡大するチャンスにもなりえるという視点であったが、本来、人権侵害自体を防止すること、人権を尊重することは企業の経営よりも優先されるべき尊いものであるということを認識しておかなければならない。
*自社にとってのリスク、自社にとっての利益を最優先に考えることは本来は誤り、ということである・・・・

国連「ビジネスと人権に関する指導原則」の一般原則には以下のような記述がある。
「これらの指導原則は、全ての国家及び多国籍か否かに拘わらず全ての企業に、その規模、業種、所在地、所有者及び組織構造に関係なく適用される。」
また、同原則14においても「人権を尊重する企業の責任は、企業の規模、業種、企業活動の状況、所有者、組織構成に関係なく全ての企業に適用される。ただし、企業がその責任を果たすためにとる手段の規模や複雑さは、上記の諸要素や企業による人権への悪影響の重大性により異なり得る。」とあり、ここでも企業規模にかかわらず人権を尊重する責任が求められている。

なお、ここでいう人権とは、国際的に認められた人権であるが、これについては別の機会に・・・

日本政府はサプライチェーン全体での人権尊重経営への取組みを期待している

2020年(R2)10月、日本政府により「ビジネスと人権」に関する行動計画(2020-2025)が策定、公表された。
日本政府による取組み内容についての記述の後、日本政府から企業に対する期待の表明として次のような記述がある。
「政府は、その規模、業種等にかかわらず、日本企業が、国際的に認められた人権及び「ILO宣言」に述べられている基本的権利に関する原則を尊重し、「指導原則」その他の関連する国際的なスタンダードを踏まえ、人権デュー・ディリジェンスのプロセスを導入すること、また、サプライチェーンにおけるものを含むステークホルダーとの対話を行うことを期待する。さらに、日本企業が効果的な苦情処理の仕組みを通じて、問題解決を図ることを期待する。」

「サプライチェーンにおけるものを含むステークホルダーとの対話」の中には、発注者(発注元)が発注先(下請)との対話が含まれるのであり、連携してビジネスと人権に取組むことが期待されているといえる。

公共調達における人権配慮について~政府方針

政府において「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議」が設置され、令和3年12月24日から令和5年7月20日まで、合計9回の会議が開催されている(内閣官房ホームページより)。
この会議の中で「公共調達における人権配慮について」題する方針がまとめられており、具体的には次のように記されている。

<以下、転載>
政府の実施する調達においては、入札する企業における人権尊重の確保に努めることとする。
具体的には、公共調達の入札説明書や契約書等において、「入札希望者/契約者は『責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン』(令和4年9月13日ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議決定)を踏まえて人権尊重に取り組むよう努める。」旨の記載の導入を進める。

今後、国だけでなく地方公共団体との取引がある企業についても、ビジネスと人権への取組みが必須となっていくのは間違いないのでないだろう。